校長室より

【夏休み号②】「みんなと出会って本当によかった」~ある教育実習生の思い出~

 私は平成6年度から8年間、愛媛大学教育学部附属小学校に勤務しておりました。

 さて、この学校の大きな任務の一つに、教育実習生の指導があります。9月・10月に分かれて、教育学部の3回生たちが学校にやってきて、授業や生徒指導の実習をするのです。

 

 A君が教育実習に来たのは、私が2年生を担任している年でした。

 出会った時から、彼は異色な学生でした。

 対面式の日、どの学生さんも、慣れないフォーマルな服装に窮屈そうに身を包んでいます。男子学生は、当然シャツにネクタイです。

 しかし、彼は違っていました。

 髪の毛はだらしなく伸びてボサボサ。

 「YMCA」の文字と2桁数字のプリント入りの、ダボダボの色Tシャツ。

 下はよれよれのジーパン。

 上靴を忘れてきたようで、学校のスリッパ履き。

 実習生は、大学の担当教官から事前指導を受けているはずなのですが、それに不参加だったのか真面目には聞いていなかったのか、とにかく彼は呆れた風体でした。

 何より、他の学生はピシッとした目つきと態度にあふれているのに、彼は、生気のない目をして、ずっと指先で顔や背中をポリポリとかいていました。整列の際も「気を付け」がなかなかできず、身体が崩れています。緊張感ゼロ、という感じです。

 まあ、360度どこから見ても「困った学生」です。

 

 私たち教員は、横に並んでこの式の様子を見ていたのですが、隣の先輩先生からは「あの学生、あんたのところやね。大変やね。」とからかわれる始末です。

 

 教室に入っても、彼のこの生気・覇気のない様子は同じです。

 学級対面式で「〇〇です。」とぶっきらぼうに頭を下げると、さっと椅子に座ります。

子どもたちは、「好きな食べ物は何ですか?」「好きなスポーツは何ですか?」等と質問をするのですが、「別に・・・」「とくに・・・」とつぶやくだけです。

にこやかで元気あふれる他の実習生とは全く違う彼の姿に、さすがに子どもたちも面食らったようでした。

 

 

 放課後、彼と話をしました。

私「この服装、あの態度、どういうつもり?」

A「服はこういうのしか持っていないです。態度は、どういうところが悪かったのか教えてください。」

私は、服装等について、カッターシャツとスラックスを着ることと散髪に行くこと、態度については、最低限子どもの前ではピシッとすることを指導しました。

 

 その後、数日間は、気になることが何度もあったので、その度に指導しました。そして、3日目ごろだったと思いますが、実習生活にも慣れた頃、改めてじっくりと話をしました。

 彼は、「教師志望ではないこと」「教育学部は親・教師に勧められ何となく受験したこと」「中高生時代は不登校となった時期もあったこと」「夢も目標もなく学生生活を送っていること」「子どもが嫌いであること」等を話してくれました。

 子どもが嫌いな訳を問いますと、「そもそも人付き合いが下手で、親しい友人もおらず、子どもはやかましくてうっとうしくてイライラするんです。」と答えてきました。それは、決して反抗的な態度ではなく自己嫌悪にさいなまれている様子でした。彼自身が、道に悩み自分の性格や特性に苦しんでいたのですね。こんなにじっくり自分の話を聞いてくれた人はいない、と感激されてしまいました。

 

 私は、「仕方ないかな。」と思いました。子どもが嫌いな教育学部生もいてもいいと思うし、人付き合いが下手でコミュニケーションが苦手であることや夢や目標を持てないでいることは、むしろ同情すべきことだとも思いました。だから、「まあ、教師を目指すわけでもないようだし、無事にこの実習を終了して単位を取ってくれたらいい。」と納得することにしました。

 

 A君は、休み時間など、いつも子どもたちを避けていました。しかし、子どもはそんなことはおかまいなしです。A君を追いかけ、ひっついていきます。

 ある日の昼休み、彼は教室の後方でポツンと座っていました。それを、縄跳びの縄を取りに帰ったBちゃんが見つけました。Bちゃんは、「A先生、縄跳びしよ。」と腕を取ります。「いや、ええわ。」A君は答えます。しかし、Bちゃんは手を離しません。そのまま、ぐいぐいと運動場に引っ張って行きました。A君は困っていましたが、数分後には面倒くさそうに女子と長縄で群れ遊びする姿が見えました。

 

 私は、その頃、子どもたちに毎日日記を書かせていました。Bちゃんの日記には、「A先生と遊んで楽しかった。」と書かれていました。そして、「A先生、優しいです。これから毎日遊びます。」と締めくくられていました。

 最初は「勘弁してくれよ。」という雰囲気だったA君に、徐々に変化が表れました。少しずつではありますが、昼休みには、Bちゃんはもちろん、多くの子と連れだって遊ぶ姿が見られるようになってきました。

 

 教育実習も3週目になった頃、A君の研究授業がありました。他の実習生はもちろん、大学からも担当教官がいらして、多くの参観者で教室は埋まりました。研究授業は、長年教員をしている者でも緊張するものであり、多くの実習生にとっては頭が真っ白になるような思いになるそうです。

 

 さすがのA君も、もちろん緊張しています。しかし、今日の授業は、日頃の態度とはうって変わって、何日も前から周到な準備とシミュレーションをしてきており、彼なりに自信をもっていたようです。

 それは、道徳の授業でありました。最初はスムーズな流れでした。しかし、緊張のあまり、彼は大きなミスをしました。掲示物を、左右に貼り間違えたのです。詳細は省きますが、それが、いわば道徳の資料の「正義側」と「悪者側」の貼り間違えだったので、子どもたちは大混乱です。その後の発問や活動も、手順が狂い無茶苦茶になりました。彼は、黒板の前で立ち往生です。

言葉が止まったA君は、泣きそうになっています。私はA君の今の心境が痛いほど分かり、こちらが辛くなってきました。

 

 しかし、その時です。B子がさっと手を挙げました。何も問うてないのにです。

 すがるようにA君が指名すると、「先生が言いたいのは、こういうことだから、私はこう思います。」と発表したのです。

 それに触発されるように、次々と手が挙がりました。

「僕は、〇〇だと思います。」

「私は、△△だと思います。」

 私は驚きました。明らかな失敗授業が、子どもの発言によって立ち直っていったのです。

 

 A君の目が輝き始めました。

 「そうそう、よく考えたね。」

 「じゃ、これはどう思うかな。」

 まさに、水を得た魚です。私も何度も経験がありますが、「子どもたちに助けられる授業」が教室に展開されていきました。

 

 1か月の教育実習の最終日、教室でお別れ式が開かれました。

 A君の挨拶です。詳細は忘れましたが、彼の最後の言葉は今でもはっきり覚えています。

「僕は、生まれてから今日まで、こんなに感動する毎日をすごしたことは一度もなかった。みんなと出会って本当によかった。ありがとう。ありがとう。」

 彼は、ボロボロと涙を流し、声を上げて泣きじゃくりました。それは、まさに号泣でした。

 

 A君は愛媛県外出身者であり、今教職に就いているかどうかは、残念ながら把握していません。しかし、どんな仕事をやっておりどんな人生を送っていようと、この教育実習での経験は、彼の生きる力の一助となっているものと確信しています。

 

 子どもと学び合い共に成長していける教師こそが、真に子どもを豊かに育てる教師。そのことを実感できた、私にとって忘れられない思い出です。

 

 

【夏休み号⓵】「苦しくても夢に向かって頑張る」ということ~教え子A子の思い出~

 

 もう20年以上も前のことです。

 ある年の正月、私がまだ20代の頃の教え子A子から、年賀状が届きました。

 

 A子は、私にいつも寄り添ってきてくれていた子でした。休み時間には、必ずと言っていいほど私の机のところにきて、いろんな話をしてくれました。

それは、

「せんせ、昨日のテレビ、何観た?」「せんせ、歌手の○○と◇◇、どちらのファン?」などのたわいもない質問であったり、

「せんせ、そのネクタイ、ジジくさいよ。」「もーう、タバコ臭いよ。」などの憎まれ口であったり、

肩を叩いてくれたり、

職員室へ運ぶ荷物を持ってくれたり、

生え始めた白髪を抜いてくれたり(迷惑でしたが^^;)、

と、茶目っ気のある温かいかかわりもしてくれました。

 

 A子の家庭は、いろんな事情を抱えていました。彼女は家に帰ってから、そして土日もいつも独りぼっち。それを知っている私は、せめて学校では安心して過ごしてほしいと願い、休み時間には多くの子と遊べるように運動場に連れて出たり、放課後教室で勉強を教えたり、特に気にかけて関わっていた記憶があります。

 

 その彼女から、10年ぶりの年賀状です。5年生の担任だったので、その時は20~21歳のはずです。

 ハガキには、高校卒業後に上京して、アルバイトをしながら仲間とミュージカルをやっている、と近況報告が書かれていました。ふっと私のことを思い出して、年賀状を出したくなったとのことでした。

 

 懐かしさに思いを馳せていた私は、最後に書かれていた追伸に気が付きました。

「〇月〇日、新宿の〇〇スタジオで、初めて公演します。来てくださいね・・・と言っても無理ですよね。」

 

 私は、信じられない思いがしました。

この日は、都内の小学校の研究会に研修出張の予定だったのです。開演は夕方から。研究会のあと駆けつけても十分間に合います。

「よーし、行ってやろ!」

そう決めた私は、ワクワクしてきました。そして、「頑張っているね。応援しているよ。」とだけ年賀状に書いて返信しました。

 

 当日、新宿駅に到着した私は、駅構内の花屋さんでなけなしの小遣いを奮発して、抱えきれないような大きな花束を買いました。

 

 地図を頼りにたどり着いたその場所は、小さな古ぼけたビルの2階。各階が、ミニホールのようになっているイベントビルでした。

 開演時刻が迫っており、私は受付で「来たよ!!頑張って!」とのメッセージカードを添えて花束を渡すと、そのままドアを開けて部屋に入りました。

 少々とまどったのは、そこは、ホールとは呼べないような狭い空間で、教室の2つ分くらいの広さだったことです。客席は階段状の席が5~6列、全席が埋まっても100席足らずのホールなのでした。

 正直、体育館程度のホールを想像していた私は、その質素さに拍子抜けしましたが、それが却って彼女の頑張りを物語っているような気がして、不思議な感動を覚えました。

 

 部屋が真っ暗になり、突然スポットライトが光りました。

 8人ほどが手をつないで踊る中央に、A子はいました。どうも、ヒロイン役のようです。

 ストーリーはあまり記憶にないのですが、躍動するダンス、精いっぱいの声を響かせて泣き笑いする演技に胸を打たれたのを覚えています。

 

 やがて終演となりました。

 カーテンコールの時です。彼女は涙を流して立っていました。そして、その目は、客席の私を確かに見つめています。頬はわなわなと震え、今にも何かを叫び出しそうです。気付かれていないと思っていたのですが、どこかの場面で私を見つけてくれていたのですね。

 思わず、私ももらい泣きです。

 

 他のお客さんが帰った後、彼女は私のところに駆けつけてくれました。手には、私が贈った花束が抱えられています。

「せんせ、ありがと。。。」後は声になりませんでした。

 横には、先ほどのミュージカルでコンビを組んでいた男子が立っていました。

「Aちゃんのこと、よろしくね。この子は頑張り屋さんだからね。」

 私がそう言うと、彼も涙を浮かべ、「はい。はい。」と呟きながら、ぎゅっと手を握ってくれました。

 

 今、彼女は地元に帰り、結婚し、子ども3人を育て上げ、いいお母さんになっています。

 あれから、毎年年賀状が届きますが、彼女の便りには、必ず「頑張ってます。」の言葉が添えられています。

 

 苦しい状況になっても、夢を持って前向きに頑張っていくことがいかに大切であるかを、A子は今も私に教えてくれています。

    

 

 

思い出を力に!~1学期の終業に寄せて~

 今日は第1学期終業式でした。

 子どもたちに話をするにあたり、各学年の先生たちに、事前に「1学期の一番のイベント」を聞き取り、式ではそれをもとに、次のように、それぞれの学年の子らに言葉かけをしました。

 

(1年生)地域の方々による読み聞かせ

 6年生のお兄さん・お姉さんに手を引かれて、この体育館で入学式をしたね。みんな、本当に大きくなったね。

 この「読み聞かせ」は、地域の皆さんが、みんなが本好きな子になってくれるようにと願って、お手伝いをしてくださったのです。そのことを忘れず、夏休みは一杯本を読んでね。

 

(2年生)町たんけん (3年生)校区たんけん

 みんなで協力して、雄郡の町を探検したね。知らなかったことが、一杯分かったね。地域のいろんな人に出会って、お世話になっていることが分かったね。地域の皆さんは、みんなの応援団なんですね。これからも、みんなのふるさと雄郡のことを一杯調べて、雄郡のことをもっともっと好きになっていこうね。

 

(4年生)ダム見学、総合科学博物館見学

 見学によって、学校の勉強ではなかなか分からないことが実感できたね。水道の水がみんなのお家の蛇口に来るまでに、数多くの人がいろんな努力をしてくださっているんだね。このように、自分が多くの人に支えられているってことを、一つ一つ知っていくことが、勉強ってことなんだよ。

 

(5年生)少年自然の家

 家族と離れての2泊3日なんて、初めての体験でしたね。キャンプファイアーで、燃える灯を高々と掲げながら「友情」を誓った姿、素敵でしたよ。この体験で、協力することや努力することの大切さが分かったね。この思い出を大切にして、これからも友だちと協力していこうね。

 

(6年生)修学旅行

 4月の初め、入学式や始業式に臨んでいたみんなは、最高学年として慣れていなくて、少し緊張していたね。あれから、学校のリーダーとして、本当に立派に成長しましたね。

 修学旅行楽しかったね。マツダスタジアムで、一緒に声を上げて応援したこと、そして、真っ赤なゴム風船が球場を舞った光景、校長先生は一生忘れません。

 

 最後に、こう伝えました。

 “みんなが頑張ったこと、楽しかったこと、これを心に中にしっかりと刻んでいってください。その一つ一つの経験が、みんながどんどん大きくなっていくための力になるんです。思い出を忘れないでね。”

 何の事前指導もしていないのに、子どもたちは大きな声で「はい!」と返事をしてくれました。

 

 雄郡小令和元年度の1学期のストーリーが終了しました。

 本校の子どもたちに関わってくださった地域の皆さま、保護者の皆さま、ありがとうございました。2学期も、どうかよろしくお願いいたします。

 

野に咲く花のように ~朝の時間の一コマ~

朝、若葉学級を覗いてみました。子どもたちは、今月の歌『野に咲く花のように』を歌っています。元気な声ではあるのですが、少々、行進曲っぽいようながなり声になっています。

ふっと、この歌の意味を伝えたくなりました。

そして、一緒に歌ってみたくなりました。

 

私は、思わず校長室にかけ戻ります。

そして、ギターを抱えるや、再度若葉学級へ駆け込みました。

私の姿を見て、子どもたちは大喜びです。

 

「この歌はね、山下清さんという方のことを歌っているんだよ。

山下さんは、体にいろいろ悪いところがあったんだけど、それでもへこたれずに、全国中を旅して絵を描き続けた人です。

山下さんは、高くて高級な花より、道端にそっと咲いている花の方がきれいだ、って感じる人でした。だから、『野に咲く花のように』って題なんだね。

この歌は、そんな山下さんの心のように、美しく、おだやかに、優しい気持ちで歌おうね」

 

子どもたちは、私の話にじっくりと聞き入ってくれます。

そして、「校長先生、分かった。歌おう、歌おう。」と、我慢しきれないようです。

 

ゆっくり、伴奏に入りました。そして、「さん、はーい」と合図をしますと、「のにさくー」と、先ほどとは全く違った、静かな声が響いてきました。

子どもたちは、ゆったりと体を上下に揺らしながら、とても美しい笑顔で、素敵な歌声を響かせてくれました。

 

・・・【引用始め】・・・

自分がいい所へ行こう、行こうと思うと、少しもいい所へ行かれない。

いい所へ行こうとしなければ、しぜんにいい所へぶつかる。

いい所へ行こうとするから、いい所へぶつからないんだろう。

・・・【引用終わり】・・・(『裸の大将放浪記』 山下清の言葉から)

 

 画家:山下清の持っていた自然体的な感受力・表現力。子どもたちが、この歌を歌いながら、それを感じてくれたら幸せです。

 雄郡の子が、道端の小さな花に立ち止まり、「きれいだな」と思えるような優しい人に育ってほしいと願っています。

 

 

「よく頑張ったね」 ~市小学校総体(すもうの部)に寄せて~

 昨日(10日)、本校で、松山市小学校総合体育大会(すもうの部)が開催されました。

 

 「雄郡小学校日記」でもお知らせしていますが、5年生女子(個人の部)優勝、準優勝、5年生男子(個人の部)ベスト8が2人という素晴らしい結果でした。

 どの子も、対戦時には、各学年の担任の計らいで観客席に詰めかけた多くの友だちの大声援を受け、頭から突っ込む押し相撲に徹し、懸命に力を振り絞っていました。

 

 さて、6年生女子の個人戦に出場したKさんは、昨年度、5年生の部で準優勝でした。大会の終了後、悔し泣きをしながら「校長先生、来年は絶対に勝ちます。」と語ってくれた熱いまなざしを、今でもはっきりと覚えています。

 

 しかし、1回戦。

 相手は、体格が彼女より一回り大きく、見るからに精悍でいて練習を重ねてきたと思える雰囲気を漂わす選手でした。Kさんもそれを感じたのでしょう。

「待ったなし。はっけよい、のこった!」

審判の声に、彼女はすかさず低い姿勢で体当たりします。

 しかし、相手は、Kさんの動きを一瞬のうちに察したようです。大柄な体を、さらに低くしてKさんに体当たりしてきました。組み付いたKさんの腕は弾かれ、そのまま後方へ飛ばされてしまいました。

 

 土俵を降りたKさんは、瞬間に泣き崩れました。真向かいに座っていた私にも、彼女の悔しい思いが痛いほど伝わってきました。

 

 その後、友人の試合に声援を送りながらも、Kさんはずっと落ち込んだ表情のままでした。懸命に練習を重ねてきたのに、1回戦敗退という結果は辛かったことでしょう。

 

 大会が終わり、解散式の後、帰り支度を始めたKさんたち6年生のところに行き、一人ずつの頭にそっと手を置き、「よく頑張ったね。」と順に声を掛けました。

 彼女たちは、目を赤くしながらも、「はい」と、うなずきながら返事をしてくれました。そこには、悔しさを乗り越えたかのような素敵な笑顔がありました。

 

 

「努力した者が全て報われるとは限らん。 しかし! 成功した者は皆 すべからく努力しておる」                                                     

                                                                                    (漫画「はじめの一歩」のセリフ 森川ジョージ作)

 

 子どもにとっての「報われる」ということ、あるいは「成功」ということは、勝った・負けたという結果もさることながら、その出来事を「懸命に頑張った経験」として自分で思える心境になることなのだと感じた一日でした。

 

“今、ここ”に心震わせて ~修学旅行に寄せて~

 今月22日(水)・23日(木)、6年生と修学旅行に行ってきました。

 6年部教員が子どもたちに伝えたスローガンは、

「“今、ここ”を大切に! 心が震える修学旅行にしよう」

でした。

 私も心が震えた素敵な場面がいっぱいありましたので、お知らせします。

 

 

【場面1:You can eat たい飯.(フェリーで、平和記念公園で)】

 

 今回の学習経験のテーマの一つが、「外国の人と交流し、愛媛松山のことを知ってもらおう」というものでした。

 往路のフェリーの中。いらっしゃいました、多くの外国人の方が。

 旅が始まったばかりの子どもたちは、まだ心の準備ができていないようで、どの子も「どうしようか」と、とまどっている様子です。

「行って行って。チャンスだよ!」

 私がそう言っても、話しかける勇気はなかなか出ないようです。

「K先生(外国語専科)に、しっかり教えてもらってるでしょ。大丈夫だから。」と声をかけますと、

「そうですよね。よーし!」3人組の女子が、「ハロー」と手を振りながら挨拶をしました。

「Hi! hello!」

 老年の白人女性から、にこやかな返事が返ってきました。

 

女子A「You can eat たい飯 (Sashimi.raw fish on the rice!)」

女性B「Wow! Sounds good! (I want to try it!) 」

           …

 会話は途切れることなく続き、いつの間にやらどの外国人の方の周りにも、子どもたちの人だかりができています。

 この予定外の交流で自信をつけた子どもたちは、その後の平和記念公園では、手当たり次第に声を掛けていき、人の輪ができていました。

 

 さて、応対していただいた外国の皆さんも、ご自分のデジカメで、子どもたちとの記念写真を撮られていました。

 地球の裏側に住む方々の日本旅行の思い出の画像に、雄郡の子どもたちが写っていて、いつか懐かしく思ってもらえるなんて、なんて素敵なことでしょうか。

 

 

【場面2:平和な世の中を作る一人でありたい(平和記念公園「原爆の子の像」の前での朗読より】

 

「今、ここで未来に誓います

 戦争の悲しさと原爆の恐ろしさを 決して忘れません

 風化させることなく 次の世代へ伝えていきます」

 

 折り鶴を捧げ持つ少女のブロンズ像の前で、子どもたちが誓いの言葉を述べました。

 そして、この日のためにみんなで作った千羽鶴を手に、74年前、無念にも原爆によって命を亡くされた方々への鎮魂の祈りを捧げました。

 暑い中でしたが、どの子も、流れる汗を拭おうともせず、静かに手を合わせていました。

 

 その後に訪れた広島平和記念館(原爆資料館)でのことです。私は、何度目かになりますが、リニューアルされた展示物を、かなりの時間をかけて回りました。

 しかし、なかなか子どもたちが出てきません。時間を間違えているのかな、と思った私は引き返しました。

 

 いました。いくつもの展示物の前に雄郡の子らが。

 

 焼け焦げた三輪車や弁当箱の展示物に、ピクリとも体を動かさないで向き合っている子

 赤ちゃんや親子の写真の前で、口元に手を当て涙ぐんでいる子

 難解な展示物の説明文を、真剣なまなざしでひたすらメモしている子

 

 いつものにこやかな笑顔は、そこにはありませんでした。

 この子らは、きっと平和な世の中を作っていってくれる、と感じました。

 

 

【場面3:校長先生、真っ赤だー!(マツダZoomZoomスタジアムで)】

 

 「マツダZoomZoomスタジアム」に向かうバスの中で、ガイドさんが、「野球が好きな人?」と訊ねました。手が挙がったのは2人。

 「プロ野球、観たことある?」の質問にも2人。

 「野球なんて、興味ないのにー、って女子もいるのかな。」の問いかけに、「はーい」の声も聞こえます。

 私たちの世代の子ども時代は、周りは野球少年(少女も)だらけでしたが、今や時代は大きく変わってしまったようです。

 

 ところが、球場に入るなり、子どもたちの表情は一変します。

 「なに、これ?!!―――」

 私の隣を歩いていた女子がびっくりした声を上げました。独特の球場の熱気は、子どもたちを異界に誘い込んだようです。

 

 すさまじい応援に、子どもたちのボルテージがどんどん上がります。

 とうとう、球場を背に観客席に立って応援の音頭を取り出す子も出てきました。

 

 7回、カープの攻撃前です。

 子どもたちは、風船を膨らまし、一斉に空に放ちます。

「校長先生、真っ赤だー!」

 目の前の男子が大喜びで風船を指さし、叫びました。

 

 子どもたちが引き上げる時、周りのお客さんからたくさんの声をかけていただきました。

「松山の子、さよならー」

「カープ、応援してくれてありがとー」

「べんきょー、がんばれー」

 温かい声に、子どもたちは嬉しそうに返事をし、頭を下げていました。

 カープファンは、優しい人だらけでした。

 

 

【いつの日か、“心震えた”場面を思い出して】

 

 担任の先生方から聞いた話です。

 いくつかの班の子は、使った部屋を隅から隅まで掃除をして、洗面台なんてピカピカに磨き上げていたとのこと。

 また、ある班は、感謝のメッセージとともに折り鶴をベッドの横に添えて、部屋を出ていたとのこと。

 子どもたちに温かい心情が育っていることを感じ、とても嬉しくなりました。

 

 たくさんの“心震える”場面がいっぱいの修学旅行でした。

 子どもたちが大きくなって広島を訪れた時、この1泊2日を懐かしく思い出してくれたら幸せです。

  

 

「また会えたね。」「うれしいです。」

  昨日は、中予教育事務所様、松山市教育委員会様による学校訪問がありました。

 本校の教育活動に対して、温かいご指導とご助言を賜り、感謝の気持ちで一杯です。今後とも雄郡の子をしっかりと育てるために努力していかなくてはと、全教職員で気持ちを新たにしているところです。

 

 さて、ご来校いただいたお客様のお一人が、昨年度まで本校の教頭先生でいらしたI先生でした。

 子どもたちに大変慕われていたI先生ですから、少し心配になりまして、先生方には、事前に、「授業中、子どもたちが手を振ったり叫んだりしないように」と伝えていました。

 

 教室を順に回っていただきました。

 どの学級の子らも、先生の注意が行き届いているようです。声を出す子や手を振る子はいません。しかし、多くの子が、チラッチラッと、恥ずかしそうでいてとても嬉しそうな笑顔でI先生を見つめます。そして、担任の先生の発問や指示に、ババッと手を上げ大きな声で答えていきます。どの子も、普段以上に張り切っているのが分かります。

 

 子どもたちが、

「また会えてうれしいです。」

「私たち、頑張ってますよ!」

と訴えているような光景でした。

 

 I先生は、そんな子どもたちの姿を、穏やかな笑顔で見つめておられました。

 声を出さずとも会話しているような、確かな心のつながりが見えたような気がしました。

 

 人と人は、出会いと別れを繰り返しながら生きていきます。子どもたちも、これを何度も経験しながら大人になっていきます。

 だから、私たちがいつも心に留めなくてはならないこと、そして、子どもたちにも意識させていかなくてはならないことは、

〇 “今、ここ”を懸命に生きること

〇 他者との日々を、一期一会の思いを持って、大切な時間としてかかわり合うこと

ではないかと思います。

 

「また会えたね。うれしいです」

 出会った人たちと、いつか、そんな素敵な再会ができるように、日々のストーリーの中を懸命に頑張っていかなくてはならないと、子どもたちとI先生から教えられた一日でした。

 

子どもの「にっこり」を見つけました

【その1:次は絶対待っとるけんね。(1年生)】

 

先週、私は出張が多かったのですが、運悪くその日は1年生の「がっこうたんけん」の日でした。

次々と1・2年生グループがやってきて、校長室の戸を叩いていたそうです。中には涙目で「こうちょうせんせーがいないーーー」と他の先生に訴えていた子もいたとのこと。

 

次の日、1年生教室におじゃましました。

 

絵を描いていたA子さんが、「こうちょうせんせい、いなかったぁ・・・ですね。」と、悲しそうに話しかけてきました。「ごめんね。次は絶対いるから。待っとるけんね。」と答えますと。安心したように、「はい!」と、にっこり笑顔でうなずいてくれました。

次回は、1年生だけでの「がっこうたんけん」があるようです。十分に日程調整して、校長室でしっかりと子どもたちを迎えます。

 

【その2:ミツバチ君、助かったね。(2年生)】

 

2年生の教室におじゃましました。算数の授業中。どの子も集中して、グラフの勉強をしています。

・・・・と、B君だけが窓の方を向いています。それも、どうしたのか、いつもと違う不安な表情で。

 

A君の視線の先を見ました。

教室の後方の、開けた窓と閉じている窓に、何やら挟まってバタバタと動く姿が!。

ミツバチです。

彼は、このミツバチの苦しそうな様子を見て心配していたのです。

 

私は、窓に近づき、静かにその窓の枠を動かしました。

自由になったミツバチは、解き放たれたように飛んでいきました。A君と私は、目を合わせ、一緒ににっこりとうなずきました。

二人で協力して一つの「いのち」を助けたような、素敵な気持ちになりました。

 

【その3:6年生だってシールは嬉しいです。(6年生)】

 

 6年生の教室では、「いじめ〇(ゼロ)」のイメージ画を描いていました。2人一組になって、さまざまなアイデアを出し合っているようです。

 

ある女子コンビの絵が目に留まりました。

真ん中に大きくスローガンを描き、周りをいくつもの笑顔が包んでいます。あまりに素敵で、「おーーー!」と声を出してしまいました。

 

私は、教室回りの時に、主に低学年用に「すばらしいシール」「ごうかくシール」「やったねシール」を持ち歩いているのですが、思わず1枚はがして、そのワークシートに貼りました。

貼りながら、「6年生はこんなの嬉しくないかもしれんね。」と言いますと、2人は、

「嬉しいです。すごく嬉しいです。ありがとうございます。」

と満面にっこりの笑顔を向けてくれました。

 シール1枚で、私の方が幸せな気分になりました。

 

 子どもたちの「にっこり」は、学校の宝です。雄郡小では、それぞれの教室に、いろんな「にっこり」が溢れています。

 

 

今日も雄郡っ子は元気です!!!

【1年生の教室におじゃましました。】

給食準備に向かう子らが、廊下に並んでいます(並ぼうとしています?)。

「あ、こうちょーせんせいだ!」A君はそう叫びますと、ハイタッチしてきます。

「私も!」

「ぼくも!」

並び始めていた列がぐじゃぐじゃになってしまい、そこまでかなり苦労されていたと思われる担任には、「やれやれ・・・」という表情で苦笑いをされてしまいました。

26の保育所や幼稚園から入学してきた1年生は、多くの子が最初の数日は緊張していました。それが、今や、見違うほどに元気いっぱいに活動しています。

 

【2年生の教室におじゃましました。】

各自が、熱心に算数のプリントに取り組んでおり、できた子はお絵かきや迷路ゲームをしています。

1年生の頃から人懐っこくてよく話しかけてくるB君が、私を見つけて「こうちょーせんせい、来て来て!」と手招きしてくれます。

「できたよ。見て!」

私が近づくと、胸を張って算数プリントを見せてきます。

「りんご」「みかん」「くり」「いちご」「かき」と、いろいろな食べ物を数えて、1個ずつ●を書き、数が積み重なっていくグラフにする問題です。塗りつぶした数は見事に合っています。

 

ところが、その下にも設問がありました。

問題文:「これ(※グラフ)を見て、分かったことや思ったことを書きましょう。」

B君の答え:「どれもおいしそうです。どれもすきです。」

 「えー、それはそういうことではなくてぇー」と言いかけましたが、楽しくて可愛くてたまらなくなった私は、思わずB君の頭をなでてしまいました。

 

 今日も雄郡っ子は元気です!!!

雄郡っ子の“夢”を育んでいくために

平成31年度の学校の教育目標を、

「夢を持って“今、ここ”を懸命に生きる雄郡っ子の育成」

と定めました。

これは、昨年度から継続するものです。本年度も、雄郡小では、教職員一同、力を合わせてこの目標の実現を目指して教育活動に取り組んでいきます。

 

ここで、改めて、この目標に込めた願い・思いをお伝えいたします。

 

〇夢を持って

人は、“夢”を持つからこそ前を向いて生きていけるのだと思います。

もちろん、誰の人生であっても、順調な時ばかりではなく、時には、訪れた困難に、その“夢”が押しつぶされたり、八方ふさがりの状況にへたり込んでしまいたいような気持ちになったりすることだってあるはずです。

“夢を持って”とは、そんな苦しみの時においても、気持ちを切り替えたり、「負けるものか」と歯をくいしばったりしながら、「もう少し頑張ってみよう」と思えるような強さを持った人になってほしい、との願いを込めています。

 

〇“今、ここ”

  小学校は中学校のための予備校ではありません。小学生の子どもは、学童期という人生の一時期を生きている「一個の人格」です。

私たちは、どうしても将来の保険を用意するかのように、「高校生活のために」「大学受験のために」「就職のために」・・・と、未来に価値を置いて現在を犠牲にするのも仕方ない、と考えがちになります。

“今、ここ”とは、一期一会の精神を持って、目の前の日常こそ大切にしようとする意味を込めています。喜怒哀楽を重ねながら“今、ここ”を懸命に生きた経験こそが、その子の人格・能力を形成していき、未来を切り開いていく力になると考えています。

 

学校の教育目標を実現していくためのスローガンとして、

「ストーリーを紡ぐ教育実践」

というテーマを掲げています。

 

 昨年度は、「ストーリーがある」でしたが、それを一歩前に進めて「ストーリーを紡ぐ」としております。

「分からなかったことが、調べ、話し合い、教えてもらい、分かった。」

「できなかったことが、何度も練習して、できるようになった。」

「けんかした子と、一緒に遊んだり勉強したりして、仲良くなった。」

「気に留めていなかった自然の風景や社会の出来事について、いろいろなことを知って、疑問や興味を持つようになった。」

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これらが、学校で目指す子どもの学びのストーリーです。子どもたち一人一人が、こういった小さなストーリーを重ねながら、自分を信頼し自信を持って、やがて大きな夢と目標を形作っていってくれることを願っています。

 

保護者及び地域の皆様、共に雄郡の子どもたちの“夢”を育んでいきましょう。